東京高等裁判所 昭和59年(う)247号 判決
所論は,原判決は,本件のような道路を進行するに際しては,直ちに急停車等の衝突回避のための対応措置がとれるだけの余裕をもって運転すべき業務上の注意義務があるのに,被告人はこれを怠り,時速約35キロメートルで進行した過失がある旨判示しているが,被告人において右のような速度で進行したからといって判示のような注意義務を怠ったことにはならないから,原判決の右認定,判断には誤りがある,というのである。
関係証拠によると,本件現場付近道路は幅員約2.3メートルのアスファルト舗装道路であって,被告人車の進行方向からの状況は,道路が左曲がりのカーブであるうえに道路左側に民家の植込みがあって見通しが極めて悪く,しかも右植込みによって視野を遮られた形で,植込みに接続して道路左側に存する空地からも,車両や歩行者が本件道路上に進入してくることが十分に予想されうる状況にあること,本件時被告人は右植込みによって視野を遮られ,対向車である吉川車に約31メートルの地点に接近して初めて同車を発見し,同時に急停車の措置をとったが間に合わず,停車と同時ないしは停車寸前に吉川車と衝突するに至っていること(被告人は,捜査段階においては,自車が停車しているところに吉川車が衝突したとは一切述べておらず,僅かに司法警察員に対する供述調書中で,「急ブレーキをかけ止まると同時に相手の車と衝突してしまった」旨述べているにすぎない。),なお,被告人が吉川車を発見した時点から両車が衝突するに至るまでの間に被告人車が進行した距離は,急停車の措置により相当に減速されていたにもかかわらず(これにひきかえ,吉川車については,急停車の措置がとられていたにせよ,その制動効果が特に現れたという形跡は証拠上窺われない。),吉川車のそれとほぼ同等のものであったことが認められ,右事実によると,急停車の措置がとられる直前の被告人車の速度は吉川車のそれをかなり上回っていたことが窺われること,被告人自身,捜査段階において,「(本件事故を起こした原因は)私が見通しの悪い左カーブを進行するに際し,もっと速度を落とし,安全な速度で進行し,対向車の状況に良く注意しなかった事です。」(司法警察員に対する供述調書参照),「ドライバーとしてはこのような危険な場所での事故発生率が高い事を十分に考慮して,あらかじめ事故を起こさずに済むようできる限り細心の注意を払い安全運転を心がけるべきであった事は当然です。」「私はこの事故後,この場所を通る時には………速度も20キロメートル毎時位に落として慎重に運転しています。」(以上検察官に対する昭和57年10月6日付供述調書参照)旨述懐,反省していることなどの諸点が認められ,これらによると,被告人が本件道路上を原判示の時速約35キロメートルで進行したことは,原判示どおり,被告人に「直ちに急停車等の衝突の危険回避のための対応措置がとれるだけの余裕をもって運転………すべき業務上の注意義務があるのに,これを怠(った)」ものというべきであり,被告人に過失の存したことは明らかであるといわなければならない。時速35キロメートルで走行中の車両の停止距離は約13.4メートルであるとしてるる述べ被告人の過失を否定する所論も,前示のような本件現場の道路状況,見通し状況等に徴し到底採用することができない。
控訴趣意第2点について
所論は,要するに,本件の場合は道路交通法54条2項但書にいう「危険を防止するためやむを得ないとき」に当たらないから,被告人には警音器を吹鳴すべき義務はなく,従って,被告人に右義務があるとした原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな法令適用の誤りがあり,破棄を免れない,というのである。
しかしながら,前示のような本件現場の道路状況,見通し状況,被告人車の走行状況等にかんがみると,本件の場合被告人に,原判示どおり,危険を防止するためのやむを得ない措置として,警音器を吹鳴すべき業務上の注意義務を課するのが相当と考えられるから,論旨は理由がない。